HOME(イベント)≪増上寺御忌大会

徳川将軍家墓所


増上寺は、寛永寺と並んで徳川将軍家の菩提寺であったところ。
戦災による焼失以前、この徳川家霊廟には「日光東照宮」に
匹敵するほどの規模を誇る国宝級の建造物が並んでいたらしい。
ただ、現在の増上寺には、台徳院霊廟惣門(2代 秀忠)と、
有章院霊廟二天門(7代 家継)が残るのみだ。
この墓所は、発掘調査後に一箇所に纏められた(計38名だとか)もので、歴代将軍六人、
正室が五人、側室が五人、その他多数の将軍家子女が埋葬されているとある。

普段の増上寺境内の模様



(右)普段は閉まっている「鋳抜門」。6代将軍 家宣の霊廟にあった門らしい。

徳川将軍家墓所 徳川将軍家墓所 徳川将軍家墓所

「鋳抜門」の三つ葉葵と、昇り龍、下り龍。

徳川将軍家墓所 徳川将軍家墓所 徳川将軍家墓所

桜のシーズンなので、花見のついでに来てる人も多そう。

徳川将軍家墓所 徳川将軍家墓所

(左)このような石灯籠も多数並ぶ。手前は、9代家重に対して、林田藩5代藩主「建部政民」が奉納したもの。
(右)増上寺からは、やはり「東京タワー」がお約束の光景だ。

徳川将軍家墓所 徳川将軍家墓所 徳川将軍家墓所

徳川将軍家の宝塔たち。
秀忠の宝塔は木造だったため戦災で焼失していて、今は「崇源院」の宝塔に合祀されているんだとか。
「崇源院」とは、いわゆる於江与の方お市の方の娘で、淀殿の妹として知られる、あの人の事。

家慶(石塔) 家重(石塔) 家継(石塔) 秀忠夫妻(石塔)

宝塔の多くは石塔だが、家宣和宮のものは青銅製となっている。
元々「合祀塔」は家宣の側室「月光院」のものであったらしい。
合祀者には、家宣の父甲府宰相綱重や、5代綱吉の母桂昌院はじめ、将軍家の人物が多数。

家宣夫妻(青銅製) 家茂(石塔) 和宮(青銅製) 将軍生母側室等合祀(石塔)

<<前へ(お練り行列)     このページのTOP     歴史イベントTOP