HOME(イベント)≪日枝神社 下町連合渡御


日枝神社の山王祭は、天下祭と称された江戸を代表するお祭りだ
6月も中盤、日曜日の午後1時を回る頃、祭り一団は、京橋に集結している。
山王祭といえば、古色蒼然とした、神幸祭の行列が印象的であるが、都心に多くの氏子を抱える神社として神輿も盛大に担ぎ出される。 この日の「下町連合渡御」は、日本橋・八重洲・京橋・八丁堀・茅場町・兜町といったあたりが氏子町会になるであろうか。
午前中に日本橋茅場町の日枝神社摂社を発した神輿は、茅場町・八丁堀を巡行し、ここからは日本橋へ向けて担がれるのだという。

2012年 日枝神社山王祭 神幸祭の模様 >>



中央通りの京橋2丁目付近。 木遣りを先頭に祭りがスタートする。

下町連合渡御 下町連合渡御

(左)神社の祭列ではお馴染みの天狗。
(右)江戸橋の山車。

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「八三西」や「八二西」のマークを掲げる八丁堀町会の神輿。

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日本橋3丁目付近。神輿渡御には定番の高張提灯が並ぶ。
京橋・日本橋・八丁堀の神輿ということか。

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(左)能面、神職、巫女さん、いかにも神社のお祭らしい。
(右)「通参」の神輿。江戸の地図に、通三丁目(日本橋二~三丁目)という地名がある。

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これも定番のお囃子。

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(左)「江戸橋」の神輿。江戸橋は江戸時代からある橋だが、昭和初期には江戸橋1~3丁目があったらしい。
(右)「日本橋 二通」の神輿。江戸の地図に、通二丁目(日本橋二丁目)という地名がある。

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(左)蛎殻町の半被。
(右)「京壹」の神輿。京橋一丁目だろう。

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(左)「京橋宝町会」の神輿。この宝町も昭和初期の地名のようだ。現在も駅名などに残っている。
(右)京橋の半被。

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(左)神幸祭の行列にもいた馬だ。
(右)「京橋二」の神輿。これは京橋二丁目だろう。

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日本橋二丁目、高島屋の前。

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日本橋まで達した一行は、反対車線を折り返してくる。
ここ日本橋1丁目から見て、対岸の日本橋室町側は、神田明神の縄張りとなるらしい。

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日本橋を渡る神輿。

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(左)日本橋を折り返してきた八丁堀の神輿。
(右)日本橋へと向かうお囃子。

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コレド日本橋に立ち寄る神輿。

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神輿は、次々と、ゴールであるらいし高島屋へと向かってくる。

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このスペースの中でも、気合で神輿を担ぐ。

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「檜物町」の神輿が向かってくる。
“檜物町”は、大工の棟梁をルーツとする江戸時代の町名で、現在は八重洲の神輿であるようだ。

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高島屋訪問を終え、神輿は歩道へと出て行く。
この「檜物町」の神輿は、ちょっと大き目に見える。沿道の観客を一部なぎ倒すという・・・推進力を発揮する。

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