HOME(イベント)<<神幸祭根津神社の神幸祭2010

根津神社の祭礼は徳川六代将軍家宣の頃より続くと言われるもの。
今年は2年に1度の大祭にあたり、その家宣の奉納と伝わる神輿を中心とした神幸祭の行列が繰り出される。
前回、2008年の時も観に行ったのだが、なんとなく気が向いたので、また行ってみた。


根津神社前の交差点付近。根津神社の方から不忍通りを渡って山車が牽かれてきた。
一瞬、早くも行列をキャッチしたかと思ったが、これだけだった。
前回もそうだったが、行列の巡行ルートなどは分からないので、まずは根津神社に行ってみる。

山車 山車

(左)根津神社境内は縁日の屋台が軒を連ねる。
(右)ここに神輿がないと言うことは出動中。

根津神社 根津神社

根津神社の社殿前でお守りやおみくじを売っている巫女さんに、“頂戴っ"て言うと巡行予定のプリントをくれる。
これを見ると、根津神社→白山→本郷→向丘→千駄木→谷中→根津→池之端→根津神社、こんなルートに見える。
前回とは、ルート変わってるみたいだなあ。
2008年の時は、不忍池付近の不忍通りで行列と行き会ったのだが・・・現在は・・・本郷あたりなのか?・・・

根津神社 根津神社 根津神社

本郷通りを東京大学の農学部前まで来てみた。住所的には弥生1丁目か。
本郷通りの対岸は旧白山通りと分岐していて、行列は白山方面から現るものと思われる。
しばらく、ぼお〜っとしていると広報車だけが先行してやってきた。
さらに、しばらく待つと、ようやく行列の姿が見えてきた。

神幸祭 神幸祭

行列は、旧白山通りから本郷通りへと入り続々と目の前をカーブしていく。
(左)神職騎乗の馬。前回の広報車の説明だと、日本古来のちっこい木曽駒だったはず。
(右)結構な人数に牽かれて山車がやってくる。

神幸祭 神幸祭

周囲を眺め回す猿田彦。この手の行列の定番だが人形ではなくて歩いているイメージが強い。

神幸祭 神幸祭

チラチラ主役となる神輿の姿が見えてきた。
その前に神職騎乗の馬がもう一頭来た。さっきより色が薄い。これもちょっと小さめか?

神幸祭 神幸祭

根津神社の神輿は一之宮から三之宮まで3基あって、毎回交代で投入されているのだという。
2008年は、一之宮だったはずだから、今回は二之宮?
とりあえず、天辺の鳳凰がなかったり、マークが違ったりと一之宮と違う事だけはわかる。

神幸祭 神幸祭

(左)馬車を牽くのは、農耕馬風のいかにもパワーありそうな馬が定番だ。
(右)最後には人力車の一団が続く。

神幸祭 神幸祭

行列は、東京大学の正門前まで来た。ここで本郷通りを逸れて脇道に入っていく。
(左)行列が入っていく道には「合格横丁」なんて通称があるらしい。
(右)やはり、ターンは苦手としているようだ。必死の交通整理が続く。

神幸祭 神幸祭

神輿を置き去りにして脇道に消えていったと思った行列は・・・すぐに引き返してくる・・・方向転換したかっただけか。
(左)東大正門前でカーブを切る馬車。
(右)本郷通りの逆車線へと戻ってきた木曽駒(推定)。

神幸祭 神幸祭

交通量の多い本郷通りを行列は本郷から向丘方面へと向かっている。

神幸祭 神幸祭

ずるずると牽きずられる神輿には担がれていなくても重量感が感じられる。
さすがに徳川将軍の奉納とされるだけあって見た目にも貫禄がある。
よほどメンテナンスが行き届いているらしく江戸時代のものには見えない。新しくすら見える。

神幸祭

(左)バイクと目を見合わせる白馬。
(右)急な馬の発信にバランスを崩しかける体の神職。

神幸祭 神幸祭

こうやってみると意外に長い行列。まだ、前方には馬がいるし後方には神輿や馬車と人力車が続いている。

神幸祭

(左)向丘二丁目を進軍する神輿。
(右)向丘一丁目交差点。ここを右折すると根津神社の北参道に至る権現裏門坂だが行列は直進していく。

神幸祭 神幸祭

再び、根津神社の境内に戻ってきた。
思いの外、人出(推定江戸庶民)が多くなっていてお祭りらしい賑わいを見せている。

根津神社 根津神社

境内の片隅では、根津権現太鼓なるものが演奏されている。

太鼓 太鼓

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