HOME(イベント)<<神輿<<神田明神 神田祭

神田祭の神輿宮入は、浅草神社の三社祭富岡八幡宮の深川祭と並ぶ、東京では有名な神輿の祭りだ。
江戸時代の神田祭は、祭列が江戸城内にまで巡行する幕府公認の行事であったらしい。
江戸、明治と祭りの主役は、多数の大型人形山車であったが、大正あたりからは、電線などの交通事情により、徐々に神輿の渡御が山車の巡行に取って代わるようになったという。
現在は、鯰の曳き物などが巡行する神幸祭と、神輿の宮入が催されていおり、今日は神輿が出る方の日というわけだ。
神田明神の氏子エリアは、神田・秋葉原・日本橋・大手町・丸の内に及び、参加する神輿の数も50を超える(よくわからない)と思われる。


本郷通りの神田明神前は、神輿と担ぎ手で埋め尽くされ、歩道は参拝客と見物客で混雑を極めている。



待機中の神輿は、この後、神田明神境内へと順繰り担がれていく。
(左)宮元会の神輿。宮元なので、もっとも近い氏子ということだろう。
(右)岩本町の神輿。この一本締めが出発や停止の合図だ。



(左)東神田町の一行。バックの壁は湯島聖堂のもの。
(右)鳥居の前で待機する神田大和町の一行。



鳥居をくぐると参道はさらに混雑を極める。山門(随神門)まで辿り着くのも一苦労だ。

神田明神参道 神田明神参道

(左)境内を埋め尽くす江戸庶民(推定)。
(右)神田松枝町の羽衣人形山車。

神田明神境内 羽衣人形山車

(左)境内を出発する松枝町の神輿。
(右)つづいて、羽衣人形山車も曳かれて行く。

松枝町の神輿

山門をくぐり社殿へと向かう神田東紺町の神輿。

神田東紺町の神輿 神田東紺町の神輿

さきほど、鳥居の前で待機していた神田大和町の神輿が入ってきた。

神田大和町の神輿 神田大和町の神輿

岩本二丁目の桃太郎人形山車と、魚河岸会の加茂能人形山車。
昔は、このような山車が、何十基も繰り出されていたという。

桃太郎人形山車 桃太郎人形山車

岩本町1丁目の神輿。
神田は、現在も古い町名が多く残る町という印象があるが、江戸時代地図ではさらに細かく、この岩本町1丁目あたりには、岩本町の他、
小伝馬上町、大伝馬塩町、紺屋町2丁目、九軒町などの町名が見える。

岩本町1丁目の神輿 岩本町1丁目の神輿

山門を入って来た東神田2丁目の神輿。

東神田2丁目の神輿 東神田2丁目の神輿

社殿では、神主さん、巫女さん、さらに恵比寿さまや大黒さまからもお祓いを受ける。



(左)神楽殿。
(右)秋葉原が近いせいだろう。絵馬はアニメばかりだ。

神楽殿 絵馬

山門へと向かう岩本町三丁目の一行。

岩本町三丁目の神輿

(左)山門まで到達した岩本町三丁目の神輿。
(右)参道鳥居を出たところ。あまりの混雑に出るのを止めて引き返す。



境内に隣接する公園では和太鼓や合気道の演武が披露されている。



屋上庭園なる、やや高い場所から見たところ。
(左)縁日の中を進む神保町一丁目の神輿。
(右)境内を出る小川町の神輿。

神保町一丁目の神輿 小川町の神輿

神社の境内に戻ってきた。
現在、宮入しているのは大手・丸の内町会の神輿だ。大手町にある将門塚周辺の氏子であるらしい。

大手・丸の内町会の神輿 大手・丸の内町会の神輿

神田明神を後にして、秋葉原の中央通りに来た。
ここに、宮入後の神輿が集まっているようだ。

秋葉原中央通り 秋葉原中央通り

(左)発進する栄町の神輿。
(右)黄色の半被は神薹会のもの。江戸時代の神田御台所町だとか。

栄町の神輿 神薹会の神輿

(左)神田囃子の屋台。
(右)万世橋町の神輿。

神田囃子の屋台 万世橋町の神輿

(左)神田旅籠町の神輿。
(右)神田同朋町の神輿。

神田旅籠町の神輿 神田同朋町の神輿

(左)神田囃子の屋台。
(右)元佐久町の神輿。

神田囃子の屋台 元佐久町の神輿

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