HOME(イベント)≪一葉桜まつり

奥浅草と呼ばれるエリアの千束3丁目から浅草7丁目にかけて一葉桜小松橋通りが走っている。
一帯は、浅草寺の裏手にあって観光地の浅草とは一線を画する地味な印象の土地柄だ。
しかし、江戸時代には、猿若町の芝居小屋や新吉原の遊郭があり、とても賑わっていたのだという。
この日、ここで、第10回一葉桜まつりというイベントが行われる。 “一葉桜まつり”というタイトルから、樋口一葉ゆかりのお祭りかと思ったが違うようで、 なんでも、沿道に植えられた桜並木が一葉桜(八重桜)なのだという。
このお祭りの主役は花魁で、メインイベントは、江戸の伝統文化を伝える「江戸吉原おいらん道中」だ。


一葉桜小松橋通りの浅草4丁目と5丁目の間に来た。
(左)路上に設けられたイベントステージでは、花やしき少女歌劇団が、妙に懐メロっぽい歌ばかりを熱唱中。
(右)道を挟んで左が4丁目、右が5丁目だ。沿道には若干の露店が出ているが、お祭りの現場としてはかなり地味な感じだ。



花魁道中は千束方面から進んでくるらしい。ただ、時代劇などで見る太夫独特の歩行を再現する限り牛歩は免れないであろう。
しばらく待ち・・・かなり待ち・・・BGM(木遣りだろなあ)が流れてくると視界の奥に何やらそれらしい動きが見えてきた。
(左)徐々に沿道を埋めつくしていく江戸庶民(推定)。
(右)行列は浅草四丁目交差点あたりに差し掛かったようで、ちょこっと傘が見える。



(左)提灯と金棒を持ち先頭を進むのは、手古舞・おんな木遣りだとか。
(右)提灯持ちの提灯「象潟」は太夫の名前であるという。



(左)赤い着物の2人は禿。花魁や新造の雑用や作法見習いに励む候補生的な少女がそう呼ばれたという。
(右)男衆の肩に手をかけ外八文字で歩みを進める象潟太夫。衣装などの装備は30kgに及ぶのだとか。



太夫の後ろを傘持ちの男衆が続く、その後ろを歩くのは振袖新造で、時期太夫と目されるような人たちであったらしい。



もう一組、藤浪太夫の行列も続いて来る。



三枚歯の高下駄を履き外八文字で歩く太夫。素人目にもこれは疲れる。



決して広くはない沿道を埋める群衆。



イベントステージでは、おいらんショーが始まる。
何か、お座敷芸でもやるのかと思ったのだが、写真撮影用にステージに上がっているようだ。
それもそのはずで、この花魁道中のキャストは地元の素人さんが練習して出演しているのだという。
まずは、先頭を歩いていた手古舞・おんな木遣りのメンバーが上がっている。



藤浪太夫と振袖新造。



禿と振袖新造を従えた象潟太夫。 着物のデザインを披露するようにポーズを取る。



お大尽に太夫が煙管を渡すなんてシーンが演じられる。 お大尽の役は地元の商店会長さんだったと思う。



(左)煙管に火をつける象潟太夫。
(右)禿に手を引かれ退場する象潟太夫。



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