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浜離宮恩賜庭園



ここ浜離宮庭園は、実際にまだ、海水の満ち干きを利用している 潮入りの回遊式築山泉水庭・・・いわゆる大名庭園である。
庭園の歴史は、甲府宰相 松平綱重の屋敷に始まり、その後、将軍家の別邸となると改装が繰り返され、十一代将軍徳川家斉の代になり、現在残る姿に完成をみたのだという。
当時は、浜御殿と呼ばれていたが、明治維新後に皇室の離宮となり浜離宮に改称されたようである。
この地は、その昔、将軍家が鷹狩りをした場所でもあり、今日は、その鷹狩りの実演イベントが行われるのだという。



諏訪流放鷹術


鷹を調教して狩りに使う技の一派として、江戸時代には将軍家の鷹匠だった諏訪流吉田流があったらしい。
今回の諏訪流は、諏訪大社の神事に由来し、織田家や徳川家、更には宮内省の鷹匠として活躍した流派である。
鷹狩りの鷹には、自分で育てる「巣鷹」と野生ものを捕まえてくる「網懸」とがあり、諏訪流は「網懸」による放鷹術を
現代に伝える唯一の流派であるという。


振り替えと呼ばれる技。鷹匠から鷹匠へと鷹が飛び移る。鷹のキャッチボールといった感じか。
慣れない人間(殿様とか)に対して、人見知りしないようにという訓練で、鷹自体の筋力トレーニングでもあるらしい。
気合いがのってくると?文字通り、振りかぶって、勢いよく投げ出す。



鷹は、とても繊細らしく、警戒心解くために、後ろ向きで受けてるんだとか。
低空飛行も、獲物を狙う鷹の特徴らしい。




続いて登場の、確かハリスホークという種類の猛禽類は木に逃亡。
その後も気ままに飛び回り、観客の頭上も掠め飛ぶ。
むしろ、そのせいで、飛ぶ姿を近くで見られたが、とてもカメラで
追えるスピードではない。
写真は、鷹を呼び戻そうと奮闘する鷹匠たちの雄姿。



志願した子供たちによる鷹狩り体験コーナー。
このように鷹匠以外の拳に止まらせる事を据え替えと呼び、鷹匠の拳に止まらせる場合は単に据えと言うのだとか。
子供たちは、鷹匠役と囮を引っ張って走る役に分かれる。
(右)囮を仕留める鷹。



木の枝と鷹匠の拳とを行き来する渡りと呼ばれる技だ。
狩りを諦めて鷹が木の枝とかに行っちゃう事があるらしく、それを呼び戻す訓練らしい。



笛の音とともに、放たれた、獲物(ハトだったはず)を捕らえる実演。
写りが小さいが、写真右が、捕らえたところ、ちなみに、一回目はハトが飛び去っていった。



メインイベントは、電通ビル(左写真)の屋上から、ハヤブサが急降下してくるというもの。
しばらくは、上空を旋回、飛んでしまうと、素人には、鳥の区別なんかつかず、何度も見失う。
しかし、降りてくる時は、正に急降下。右写真にちょこっと写ってるのが、舞い降りるハヤブサの雄姿。



放鷹術と言うものを始めて見たが、なかなか楽しめた。
鷹のスピードは速いく距離も少し遠かったので3倍ズームクラスのデジカメでは厳しかったが、むしろ意外に写ってたようにも思える。
最後は、鷹匠が回ってくるので、間近で見られる。質問なども出来るし一部の猛禽類に触れる事も可能だ。
猛禽類の知識は皆無だが、ハリスホーク・オオタカ・ミミズクだと思う。
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江戸太神楽



正月用のイベントとして、こんなのもやっていた。
丸一仙翁社中という団体らしいが「東京都指定無形民俗文化財」って書いてあるからそうなんだろう。
要は、ジャグリング的なもので、いわゆる伝統芸能ってやつだ。
傘の上で玉とか升とか回す芸が盛んに行われていた。




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