HOME(イベント)≪富岡八幡宮 町会御輿連合渡御

25番目は「白河一」。
白河1丁目、2丁目も主に寺町だった場所で、1丁目は松平定信が眠る霊巌寺がある。
白河の町名は昭和以降のものだが、定信の出身である白河藩に由来している。

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纏を先頭に、26番目は「白河二」。

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27番目は「白河三」。
白河3丁目付近には、館林藩や松山藩の抱屋敷があったらしい。

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28番目は「枝川」。
枝川は大正に出来た埋立地で江戸時代は海だ。

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28番目は、市場移転問題に揺れる「豊洲」。
ここも大正に出来た埋立地だ。

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30番目は「富岡二」。
江戸期の富岡2丁目には、京のものを模したという三十三間堂があり、地名としては、深川三十三間堂町、永代寺門前東町、深川宮川町などであったらしい。

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31番目の神輿は「仲町二」。門前仲町2丁目であろうか。
初めに撮っていた場所だが、江戸期には、永代寺門前山元町、永代寺門前仲町などの町名が見られる古い門前町だ。
神仏分離と永代寺の話は、とてもややこしいので触れないでおく。

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32番目「宮元」は、富岡八幡宮のある富岡1丁目の神輿。
現在は、富岡八幡宮や深川不動堂、深川公園などになっているが、江戸期には、永代寺境内とその門前町だった場所だ。
当時は、永代寺の敷地に八幡宮もあるという感じだったのだろう。

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永代2丁目まで移動。ここでは、水ではなく和太鼓で神輿を迎えている。

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34番目は「永代一」。
江戸時代の永代1丁目あたりには、深川熊井町、深川相川町、深川諸町、深川富吉町といった町名が見える。

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35番目は「永代二北」。
江戸時代の永代1丁目あたりには、深川北川町、深川中島町、深川大島町、深川黒江町といった町名が見える。

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36番目は「仲町一」。門前仲町1丁目であろうか。
ここは、やはり江戸時代から続く門前町で、永代寺門前仲町などの町名が見える。

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37番目は「永代二南」。

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引き続き永代2丁目、福島橋の袂。
差し上げられているのは、38番目「佐賀町」の神輿。
現在は、佐賀1丁目と2丁目であるが、江戸期には深川佐賀町など、いくつかの町名が見える。
1丁目のあたりには、松代藩真田家や大喜多藩松平家の下屋敷もあったようだ。

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左側奥に永代橋があるのだが、まだ、渡ってくる神輿があるようだ。
39番目は「新川越一」。 中央区新川は1丁目と2丁目だが、新川の神輿は7基もあるようだ。
新川は、江戸時代の霊岸島で白河の霊巌寺の旧地だという。新川は堀(運河)の名前だったようだ。
“越一”については、昭和初期まで、越前松平家の中屋敷のあった場所に越前堀1丁目、2丁目という町名が残っていた事に由来すると思われる。

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門前仲町一丁目交差点まで引き返してきた。
担がれているのは、永代2丁目南の神輿。
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トラックの荷台から水を浴びる神輿。

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門前仲町交差点を進む佐賀町の神輿。

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40番目「新川越二」の神輿。

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佐賀町の神輿が、深川不動堂の参道付近まで来ている。

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富岡八幡宮前でも水を浴びる神輿。
現在は、ここが八幡宮の境内及び参道の入り口と言った感じだが、江戸時代には門前仲町一丁目付近に一の鳥居があり、 ここは、二の鳥居であったらしい。

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先ほどの「新川越一」の神輿。

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続いて「新川越二」の神輿。

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混雑を極める富岡八幡宮の境内。
今回、あえて江戸時代の町名にこだわってみたが、実際には昭和初期あたりの町割りが神輿の名前に反映されていると思われ、若干違う部分もあったかもしれない。

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すべての神輿を見ることは出来なかったが、江戸時代、新興の埋立地に寺町、商人町、武家町などが一通り形成されていた事が分かった。 また、八幡宮を中心に行楽地としての側面も強かったと思われ、大名家の別邸と言われる下屋敷が多い事でも風光明媚な景勝地であったことが伺える。

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深川不動堂の参道も人で埋め尽くされている。
地名の話ばかりで、神輿やお祭りの話が何処かに言ってしまったが、天気にも恵まれ最高の盛り上がりを見せていた。

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