HOME(イベント)≪富岡八幡宮 町会御輿連合渡御

富岡八幡宮の例祭は、深川八幡祭りとも呼ばれる東京を代表するお祭りの一つで、 山王祭(日枝神社)、神田祭(神田明神)と共に「江戸三大祭」と称されるなんて話でも知られている。 今年は、3年に1度の本祭の年に当たり、クライマックスの神輿連合渡御は水掛け祭りとして人気がある。 八幡宮前を出発した神輿は深川の氏子エリアを囲むように回り、隅田川対岸の箱崎・新川を経て、永代橋から隅田川を渡ってくる。 橋の袂、佐賀1丁目から八幡宮にかけての永代通りを舞台として、熱狂の水掛け祭りが開幕する。


深川囃子と書かれた屋台が引かれていく。
門前仲町の駅を降り、永代通りに出ると、ちょうど先頭の神輿がやってくるタイミングだった。
現在も、富岡八幡宮・深川不動堂の門前町であるが、江戸期には、富岡八幡宮の別当寺院 永代寺(神仏分離前は同じ場所という感覚だったらしい)の門前町だったようだ。 永代通りは、永代寺・八幡宮の参道だったようで門前仲町一丁目あたりに一の鳥居があったという。 また、流鏑馬が催されたことから馬場通と呼ばれていたらしい。
今回は、江戸っ子のお祭りということで、江戸の地名などに注目して見ていきたいと思う。

深川祭り 深川祭り

現在地は、門前仲町2丁目。清澄通りとクロスする門前仲町交差点付近だ。
すごい人混みなのだが、図らずも水掛ポイントの前に押し出され、ここでしばらく撮ってみることにする。
1番目の神輿は「木場五」と見えるので、木場五丁目なのだろう。
現在は、木場公園の下半分があるイメージだが、江戸期には材木問屋が集まる木材集積場で、 掘をめぐらせ橋で繋がれた土地が造成された水郷地帯であったという。 その深川木場町などは、現在の木場4丁目、5丁目にあたりらしい。
3丁目は深川鶴歩町で毛利家の抱屋敷になっていたようだ。 2丁目は深川島田町、深川入舟町で、高遠藩内藤家下屋敷や桑名藩松平家の中屋敷もあったらしい。 1丁目は、八幡宮とセットで行楽地だったという深川洲崎がある他は、まだ海だった。

深川祭り 深川祭り

目を左に転じると門前仲町の交差点を渡ってくる神輿が見える。
2番めは「中木場」。木場は5丁目まであるので、真ん中の三丁目であろうか?

深川祭り 深川祭り
水を浴びる神輿。

深川祭り 深川祭り

3番めは「深川一」。深川1丁目だ。
江戸時代には、深川万年町、深川富久町、深川平野町などであったようで、西尾藩松平家の下屋敷もあったらしい。

深川祭り 深川祭り

水を浴びる神輿。

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5番目は「冬木」。
江戸時代の材木商「冬木屋」に由来する古い町名であるとか。
他に深川亀久町や深川大和町、また加納藩永井家、高富藩本庄家下屋敷なども見られ、武家町と町人町の両方があったものと思われる。

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6番目は「下木場」。
どうも、江戸の木場町にも“中”とか“下”の付く町名はなさそうなので由来は分からない。

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7番目は「深川二北」。同じ町会に2つ神輿があるとは。
深川二丁目は、葛西通り(江戸期は堀があったらしい)を挟んで北が深川寺町で南側が深川蛤町など町人町であったようなのだが、実際の区割りについては分からない。

深川祭り 深川祭り

ホースからの放水を浴び、さらにバケツの水をかけまくられる。

深川祭り 深川祭り

8番目は「深川二南」。

深川祭り 深川祭り

水を浴びる神輿。

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9番目は、「扇橋」。
現在、扇橋は3丁目まであるが、江戸期の1丁目は大横川沿いが深川扇橋町で後は武家屋敷、2丁目も武家屋敷で、3丁目は田んぼ、こんな感じだったようだ。

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水を浴びる神輿。

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10番目は「石島」。
石島、千田、海辺、千石といった辺りは、十万坪築地と呼ばれた江戸期の埋立地で、 大横川沿いの深川石島町の他、永代新田、千田新田などの記載が見られる。
ここまで見てきて、やはり深川周辺は江戸由来の古い地名が多く残る場所と言えるだろう。

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11番目は「千石一」。
現在の千石は3丁目まであるが、“千石”の地名は昭和以降のものであると思われる。

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12番目は「東陽三」。
東陽は永代通りを挟んで7丁目まであるが、道路の南側に当たる場所は江戸期には、まだ埋め立てが進まず海だ。
3丁目あたりは、平井新田とあるので田んぼだったのだろう。

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13番目は「東陽四」。
4丁目付近には、熊本藩細川家の抱屋敷や町並屋敷があったらしい。

深川祭り 深川祭り

水を浴びる神輿。

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15番目は「東陽一」。
江戸時代には、ほぼ海だった場所だ。

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16番目は「東陽二」。
ここも江戸時代には、ほぼ海だった場所だ。

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水を浴びる神輿。

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17番目は「平野一」。
平野1丁目から清澄通りの向かい側は清澄庭園(旧関宿藩久世家下屋敷)。そんな位置関係であるが、主に長岡藩牧野家の下屋敷があった場所で、仙台堀川沿いに深川西平野町があったようだ。

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場所が良かったので、ここでしばらく撮っていたが、神輿は50基あまりもあるらしく、さすがにそろそろ移動してみる。

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永代2丁目まで少し移動。ここでは、トラックの荷台から水を浴びせている。
22番目は、「三好一」。
三好一帯は、江戸時代から続く寺町だ。1丁目の場所にあるは、霊巌寺(白河1丁目)の塔頭や門前町で、ここまで霊厳寺の境内が広がっていたようだ。 霊巌寺は寛政の改革で知られる松平定信の菩提寺として知られている。

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23番目は、「三好二」。
三好2丁目も、やはり寺町で家康の側室阿茶局が開いたという雲光院などがある。

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